Friday, March 03, 2006

モスクワ

 十二月になった。日が短くなって、モスクワには毎日雪が降った。 頭からショールをかぶったナースチャは脚の間に石油罐をおき、歩道に立っていた。石油販売所はまだ売りはじめない。雪の積った燈柱の下にトラックが一台いた。そのトラックと石油販売所の入口にかけて歩道を横切り階子(はしご)のようなものがかけられていた。トラックの上の男が石油の大きな樽をその階子にのせた。歩道にいる男がそれをころがして店へ運びこむ。石油販売所の内部は暗くがらんとしている。陰気な石の壁の上にも石の床にも石油のしみと臭いがある。トラックからおろす石油の樽も油じみて黒い。その樽に雪がついていた。 雪は細かく、しきりに降る。 石油販売所の石段から、買いての列は町角のタバコ売店(キオスク)の前まで連った。女ばかりであった。ナースチャの後には石油焜炉(プリムス)を下げた婆さんが立っていた。ナースチャの前には、若い娘が繩でつるしたガラス壜を歩道において、壁にもたれ、一心に本を読んでいる。ショールからはみ出した娘の前髪に雪がちらちらついた。粉雪をとおして遠くに、アルバート街の赤と白で塗った大教会の塔が美しく眺められる。 ナースチャはバタも買わなければならなかった。彼女は四十分も待っているのだ。ナースチャは、うしろの婆さんに、「わたしちょっと買物をしてくるから、番おぼえてて下さいね」と頼んだ。「罐おいてくから、どうぞ見てて下さい、お婆さん」 石油焜炉(プリムス)を片手に下げながら婆さんは、往来から拾った吸いのこりのタバコをふかしていた。「よしよし、見ててやるよ」 バタとジャガいもを籠に入れ、籠は腕にひっかけ、外套のかくしから向日葵の種を出して食べ食べナースチャが戻って来ると、石油販売所の人だかりは一そうひどくなっていた。ただの通行人は、そこまで来ると、車道へおりて行った。ナースチャが自分の番の場所へ立とうとすると、さっきはいなかった太った紫のプラトークの女がそばにいて、「女市民(グラジュダンチカ)! どうぞ順にならんどくれ、わたしはお前さんより前に来ているんだよ」と叫んだ。「なぜさ。わたしはさっきからここにいたんですよ」 石油焜炉を下げてタバコをのんでいた婆さんもどこかへ行って見えなかった。ナースチャはもう一つうしろの女を証人にしようとした。「ね、お前さんだって知ってるねえ」 茶色の帽子をかぶった女は、外套の高い襟の間から鼻先だけ出し、つまらなそうに答えた。「知らない」「うしろへおいで。ごまかしたって駄目だよ、女市民さん(グラジュダンチカ)」「お前ここへ立っといで、いいから」 そう云ったのは、ナースチャの前で本を読んでいた娘であった。「この人は、はじめっからここにいたんです。わたしが知ってる。罐もある――ごらん」 ナースチャは再び罐を足にはさんで立った。娘も本を読みつづけた。 ナースチャは、向日葵の種を前歯で破って殻を唇の間からほき出しつつ、娘の本をのぞいた。読んでいるページの上に、どこか図書館の紫のゴム印がおしてあった。ナースチャはしばらく眺めていて、きいた。「面白い、その本」「うん」 ナースチャは、吐息をつくように云った。「わたしんとこにはなにもない」 指をページの間にはさんで本をとじ、娘はナースチャを見た。「なぜ?」「なぜだかそうなんです」 ナースチャは規則正しく、速く向日葵の種の殻をほき出しつづけた。娘は、石油販売所の入口の群集を見た。「どうしたんだろう、今日は」 往来を映画の広告車が五台つづいて通った。赤塗のゴム輪の上に、赤坊を抱いた女の顔の大写しと、火事場の焔のなかに働いている消防夫の写真が掲げてある。車を押す男たちは、降る雪にさからって首を下げ、ならんで電車路を横切った。 娘が、「あれは面白いよ」と云った。「みた? お前」「いいえ。……わたし映画(キノ)大好きだけれど高くって――それにわたしいつも独りで行かなけりゃならないんです。みな友達づれだのに、はじめっからおしまいまでわたし黙って坐ってるんです」「どこかに働いてるの」「ええ」「組合(ソユーズ)に入ってないの、お前」 ナースチャは、拇指のつけ根みたいなところで口のはたをふきながら娘を見た。ナースチャはきかれたことを理解しなかった。「組合(ソユーズ)……どんな」「ナルピット」「そこへ入ると映画がやすくなるんですか」「わたしいつだって十五カペイキか二十カペイキでみている」 やっと石油が売り出され、列は少しずつ前進しはじめた。娘は繩で壜をつるし上げながら云った。「わたしもう二年組合に入って、夜は勉強しているし、朝九時から夕方五時ぐらいまでの働きだし、満足してるわ」 壜へ石油をつめてもらうと、娘は、外套に雪をつけたまま、ナースチャの横を通りぬけて先へ出て行った。 村での話とはちがって、ナースチャがいつくと、直ぐ二人も借室人(クワルチラント)が入った。その一人が、直接の主人よりナースチャになんだかおっかぶさって(悪魔(チヨルト)にさらわれろ(ヴァジミー))泣きたい気持にさせるのも仕方がないとする。洗濯物のふえたことも、このごろは食物ごしらえをほとんど一人でしなければならなくなったこともまあいいとする。ナースチャを苦しめるのは、この森の樹より人間の多いモスクワで自分が、まるっきりの独りぼっちだという事実であった。 アンナ・リヴォーヴナは不親切ではなかった。しかしそれはアンナ・リヴォーヴナが、親切にしようと思っている間だけのことであった。もし自分が病気になって働けなくなったらどうなるか、ナースチャは感じていた。アンナ・リヴォーヴナは自分を彼女の借室(クワルチーラ)の台所の隅においてはおかないであろう。頭のなかにはるかに小さくソフィヤ村のひろい原っぱや、原っぱのかなたに動かぬ赤い貨車の景色などが浮んだ。白樺の生えたあの二階家で、伯母がよくも自分を養っていてくれたといまは思われた。働きがなくなったと云ってそこは帰れるところではない。ナースチャは仲間がほしかった。その仲間のほしい心持を話す友達さえないということが、このモスクワであり得るだろうか。 モスクワだから、それはあり得た。ナースチャがたまに夜映画から帰ると、アルバートの広場で通りすがりの若い男が耳のそばで、「行こうよ(パイディヨム)」とささやいた。ナースチャがその若ものの顔を見定めずに通りすぎるように、その男もナースチャの顔をはっきり見もせず、麦酒屋(ピブナーヤ)の窓から片明りのさす歩道でささやくのであった。

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